リブレット50の歩んだ(歩まされた?!)道


1999年末のある日、酔狂な事をしようとしたらなんと故障が発覚、その場でサービスセンター行きとなってしまいました(^_^;) (ヒューズがとんでいたそうな)。来年の宵恵比寿までは手元に戻りません(修理自体は十分年内に間に合うのだが、こちらの 仕事の都合でそうなってしまった)。


2000年1月7日、宵恵比寿を待たずしてリブレットを東芝のサービスセンターより回収し、その足でアイ・ツー さんに持ち込んでクロックアップを依頼、待つこと2時間、物の見事に生まれ変わっておりました(^^)。 担当の方もおっしゃっていましたが、ベースクロックを50MHz から66MHz に変更しただけでもそれなりに 早くなりますし(これはうちのデスクトップでも体験済み)、くわえてCPU の駆動周波数を変更した のですから、速くなって当たり前ですね・・・。

ただ、不思議なことに、システムタイマーが狂っており、日付と時刻のプロパティを見てみると、なんと 1990年の1月14日になっておりました。これが修理の結果なのか、クロックアップの結果なのか、 まさかまさかのY2K なのか・・・まぁ、設定しなおせばいいことですから特にどうという事はありませんが ね・・・


2000年1月16日、某隣人の指摘に従い、上の文章の一部不都合を修正しました。某隣人に感謝!!

2000年2月27日、興味本位でWindows2000のパーソナルウェブサーバーなる機能を試してみました。回り道や 後戻りなどいろいろありましたが、終わってみれば割とスンナリと成功しました。・・・成功したけど、もともと リブ50のマシンパワーが脆弱な上にキャッシュ機能もないとあっては、導入する意味は、 少なくとも私の環境では、ないと言わざるをえません。


2001年1月13日、ひまを見つけてはLinuxに触れてみましたが、どうにも敷居が高く私だけでしょうが)ついに 挫折してしまいました。そんなおり、「フリーなDOSがある」という情報を聞きつけ、いろいろなサイトを たずねるうち、ついにDR-DOSにたどりついたという訳であります。

・・・結論から言えば、インストール・我が部屋のLAN環境への接続は思ったよりも簡単にできました。今は とりあえず正常かつ軽快に動いております・・・が!!肝心の「動かす目的」がありません(-_-;)・・・


2001年2月14日、それまでのDR-DOSから超漢字2へと鞍替えしました。インストール自体はものの10数分 程度で完了し、動作も実にキビキビしております。インターネットへの接続もどうにか実現し、とりあえず使える ようにはなりました。


2002年5月3日、実はこの半年あまり、どういうわけか超漢字2およびリブ1010よりメインマシンを介して インターネットへの接続ができない状態が続いておりました。ひょんな事からその原因がわかりましたので 忘備録として簡単に書き残しておきます。早い話、クライアント側私の場合はリブ50とリブ1010)は IPアドレスは一切設定しない事、設定するのはゲートウェイのみ、この場合、サーバー側私の場合は メインマシン:窓2000)にはDHCP機能を設定しておく事が全逓・・・いや、前提条件となっています。 なお、サーバー側にはIPアドレスの設定は必須です(その値がクライアント側のゲートウェイの値となる)。


時は流れ、2005年5月。このリブレット50はすでに部屋のオブジェと化しておりましたが、大阪市内で 思わず「Windows95 OSR2」を買ってしまったことが引き金となり、次いで99でリブレット50のバッテリーを リカバリにだしたこともあって本格的に復旧しようと思い立ったのでありました。

日本橋に出向いて中古ショップを歩き回り、ようやくHDDをゲット(東芝の8.45mmHDD・・・よく見つかったもんだ)、99よりバッテリを引き取ってハード側の準備は整いました。あとはインターネット経由で先人達の知恵を 拝借しつつ試行錯誤を繰り返しながらOSやらソフトやらのインストを済ませてオシマイ。で、ためしにIE起動 してみると、これが意外にキビキビと動くんですよ。買った当初はこんなに速くなかったような記憶がある のですが・・・やっぱりOSR2だからでしょうかね〜・・・

あ・・・そーいえばクロックアップしたんだったっけ・・・


現在のマシン構成に戻る
HOMEに戻る